※寄生虫の写真があります。苦手な方はご注意ください。
縁あって、保護された子猫(ときに成猫)を診察する機会が多いのですが、保護猫の診察は「体についているものを落とす」作業に尽きるよなあ、と常々思います。
体についているもの、とは、目に見えるものから見えないものまで幅広くあります。外の苛酷な環境にさらされた子猫は、それはもう驚くくらい、いろんなものを体につけていて、いろいろ治療してそれらをきれいにして、ご飯を食べさせ、ふわふわ丸々の可愛い子猫になったころ、ようやく心身ともに幸せな家猫の仲間入り、という印象です。
保護猫が体につけているもので、目に見えるものは、体表に寄生するノミやダニ、それから目やに、鼻汁、皮膚のかさぶた、など。それから目に見えないものは、胃腸にいる寄生虫、外観からわかりにくいタイプのウイルス感染など。保護猫はウイルス感染を受けていることが多く、それも様々な治療が必要になってくるのですが、今日は寄生虫の話をしていこうと思います。
まず、一目見てパッとわかるもの、ノミ。
毛の色が白っぽい子は、本当に一目でわかりますが、黒い子は毛の色にまぎれてわからないこともあります。ただ、ノミは吸血した結果、黒いフンを落とすので、生活環境に黒い砂みたいなものが落ちていたら、ノミがいる可能性があります。
ノミは、薬で落とすことができます。滴下剤といって、皮膚に直接つけるタイプのものが色々出ています。食べさせるおやつタイプの薬もあり、犬ではそちらが主流になりつつありますが、猫では滴下剤が主流です。おやつを食べない猫が多いからでしょうか。(個人的には、ちゅーるみたいな味の薬が出たら猫界では大ヒットすると思うのですが。)
ノミが落ち、見た目は虫がいなくなった保護猫も、かなりの確率でおなかに虫が寄生しています。そのなかで一番わかりやすく、見つかりやすいものは、回虫だと思います。
回虫はひも状の寄生虫で、10センチくらいのものをよく見ます。便にも出てきますが、糞便検査で大きな特徴のある虫卵が見えて、非常に見つけやすいです。回虫も薬で駆虫でき、ノミと一緒に回虫を落とせる薬もあって、広く普及しています。
ここまでは、比較的わかりやすい寄生虫たちなのですが、このあたりから、ちょっとわかりにくい寄生虫たちが出てきます。
まず、条虫。
瓜実条虫が一般的で、平たい紐状の寄生虫です。寄生率もかなり高いですが、難点があり、便検査では検出することができません。
条虫はその体の一部が卵入りの袋になり(片節といいます)、それが便と一緒に、または直接肛門から出てきます。その片節を見つけることが発見のカギなのですが、米粒よりも小さいもので、正直これを家の中で見つけなさいというのは、難しいのではないか…と思います。
条虫も薬で落とせますが、注意が必要なのが「回虫だけが落ちて条虫は落ちない薬がある」ということです。「薬を使ったから大丈夫」という気持ちになりがちですが、その薬が果たしてどの寄生虫に効いているのか?という点は注意が必要です。発見が比較的難しいので、疑わしい場合は、積極的に駆虫薬を使うほうがいいのではないかと考えています。
下の写真は、駆虫によって便に出てきた瓜実条虫です。
この子猫さんは、コクシジウムの治療中でしたが、下痢に条虫虫体が出て急いで駆虫しました。
たかだか600グラム程度の子猫さんから、大量の条虫が…!
子猫さんはその後、下痢も止まり、体重もめきめき増えて、胸を撫で下ろしました。
次、これも多いのですが、コクシジウム。
コクシジウムは原虫の一種です。糞便中に出てくるものはオーシストと呼ばれ、厳密には卵ではないのですが、見た目はまるきり卵です。コクシジウムは比較的糞便検査で発見しやすいのですが、この寄生虫のやっかいなところは、治療に時間がかかることと、消毒の困難さにあります。
コクシジウムは薬を飲んで治しますが、回虫や条虫のように、即効性のある駆虫薬はありません。一回投与で良いという薬もありますが、一回では心もとないという印象です。薬の種類にもよりますが、三日から一週間くらい、場合によってはそれ以上、薬を飲ませる必要があります。
投薬期間中、便にはオーシストが排出され続け、それを放っておくとまた感染してしまいます。トイレやケージを消毒する必要があるのですが、効果がある消毒薬がほとんどない、というのが、コクシジウムが難しいもうひとつの理由です。
今のところ、効果があるとはっきりしているのが、熱湯による消毒、あとは鶏舎などに使われるオルソ剤という消毒薬。ただしオルソ剤は独特の臭いがあり、家庭で使うには、使用機会が限定されてくると思います。
熱湯消毒を実際にやるとなると、思った以上に大変です。お風呂場等でお湯を沸かしてかけて乾燥させて、熱いし、手間だし。…しかし、オーシストがいなくなるまでは、頑張ってやってもらわねば、ずっとコクシジウムが落ちないなんてことにもなりかねません。気合と根気が要る寄生虫だなあと思います。
次に、鉤虫。
鉤虫は頻繁に遭遇する寄生虫ではなく、糞便検査で比較的簡単に見つけられ、薬で落とすことができます。ただ、この寄生虫の怖いところは「大量寄生により酷い貧血を起こしてしまう」という点です。
これまで書いてきた寄生虫は、大量寄生により様々な消化器症状を起こし、対応が遅れると命に関わることもあります。ただ、下痢したり食欲がなくなったり、といった症状は比較的わかりやすく、取り返しのつかない状態になる前に駆虫薬を使えることも多いです。…しかし、貧血となると、また話は別です。
猫は、犬よりも貧血に強い動物です。貧血が進んでしんどくなっても、自分で運動量などを調節し、はっきりとした症状をみせません。最近ちょっと大人しくてよく寝てるなぁ…などと思っていたら実は貧血だった、なんてこともよくあります。
私は以前、鉤虫感染による貧血で亡くなってしまった子猫さんを診たことがあります。
来院時にはもう、どうしようもないほど貧血が進んでいて、残念ながら治療も間に合いませんでした。薬を使えば治る寄生虫で子猫を亡くしてしまうなんて…!と、とにかく悲しくて、この出来事は胸に深く刺さっていて、保護猫さんには便検査と、寄生虫の駆虫を必ず勧めるようにしています。
あとは比較的珍しい寄生虫として、マンソン裂頭条虫とトリコモナスがいます。
マンソン裂頭条虫は、糞便検査で虫卵を検出することにより発見されます。扁平な虫体が便に出たりして発見されることもあります。瓜実条虫と同じ薬を使いますが、薬の量が六倍以上必要で、体重あたりで計算すると、こんなたくさん、この子猫に飲ますん!?みたいな量になります。飲ませるのがまた大変ですが、何とか飲みさえすれば駆虫できるので、大変さレベルはそこまで高くないかなと思います。
トリコモナスは原虫の一種です。原虫に効果がある抗生剤を使用しますが、落ちにくく再発しやすい印象があります。何種類か薬を使ってようやく治るという例もあり、その点はコクシジウムに似ていますが、コクシジウムと違って消毒に弱いので、通常使用される消毒方法でよく、そこは楽な部分です。便検査で虫体を検出しますが、出てこないことも多く、遺伝子検査により検出されることもあります。
以上、遭遇したことのある寄生虫を、実際の治療や印象なども交えて整理してみました。
猫に寄生する寄生虫は他にもたくさん報告されていますが、特に保護された猫に関して、まず注意が必要な寄生虫は、上に書いたものではないかと思います。
もちろんここに記載したものが完全な情報ではなく、寄生虫に関するもっと学術的、専門的なデータに関して、足りない部分もあるかと思いますので、随時成書等を参考にしていただきたいと思います。
寄生虫感染は大変なこともありますが、治療を適正にやりさえすれば治ることが殆どなので、ぜひしっかり治して、幸せな家猫さんへのスタートを切ってもらいたいと思っています。
獣医師 緒方
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