私は猫三匹と一緒に暮らしています。よく「獣医さんが飼っているペットだから、さぞかし完璧に健康管理されているのでしょう」というようなことを言われますが、実際のところは、恥ずかしながら、あまり胸を張れないことも多々あります。
一番下の子は食い意地が張りすぎて、先日も人間の食卓のものを獲って食べてしまい、本当に、医者の不養生ではないけれど、動物医療関係者なのに…!と、反省することしきりでした。
良く言えば、うちの猫から日々色々なことを学ばせてもらっているのですが、その気づきにはだいたいいつも、驚きと反省もセットになっています。頭を抱えることもしばしばですが、最近一番驚いて、眼からウロコだったことが「食事の高さ」でした。
最初は全く偶然に、猫たちの飲み水を入れる器が足りなかったために、一時的に、人用の大きなどんぶりに水を入れて置いたのが始まりでした。猫たちが、普段あまり水を飲むシーンを見ないのに、驚くほどそのどんぶりから水を飲むようになり、えっ何で!?と驚いて観察を重ねるうち、「水を飲む位置が高いので、飲みやすいのかもしれない」という結論に至ったのです。
それで、水だけでなく食事もそうなのかもしれない、と、少し高さのある台の上に食器を置くようにしたところ、今年十歳になる一番上の猫が、それまではちょっと食べたらやめる、を繰り返す、いわゆる「だらだら食べ」だったのですが、毎食必ず完食するようになったのです。
だらだら食べについても、この子の性質だろう、と思い込んでいたのに、そうではなく、高さが低くて食べにくかったからか…!ということに思い至って、そうか、そんなに食べにくい食事環境だったのか…ごめんよ…と、非常に反省しました。
同時に、環境の変化でここまで食事と飲水の様子が変わるものなのか、と、非常に驚きました。
考えてみれば、食事をとる体勢が、食べやすさに影響を及ぼすのはごく当たり前のことです。
よくよく見ていると、家の三匹の猫には、それぞれ好みの高さがあるようでした。一番年上の子は高さがあったほうが好みですが、真ん中の子は、台に器を乗せても、その台の上に自分の身体も乗せて食べてしまいます。この子は器が床に近いほうが食べやすいのかもしれません。
これも当たり前のことですが、一人一人に合った環境があるんだろうと思います。
動物たちの診察をするときに、食事をする「高さ」が重要になってくる症状があります。
「巨大食道症」という、文字通り食道が大きくなり、食べたものがスムーズに胃まで流れていかなくなってしまう状態です。原因は様々ですが、よくわかっていないことも多く、原因不明であることも少なくありません。
巨大食道症と診断すると、立位での食事を指示します。立ったまま食事をすることで、食べたものが食道に留まらないようにするためです。食道に食べ物が残ると食道炎を起こしたり、気管に入り込んで肺炎を起こしたりするので、かなり厳密にやってもらって、食事後も20分は立ったままでいてもらうようにします。
ただ、そういう特殊な場合を除き、普段から、食事をする「高さ」について検討することは、これまでありませんでした。
今回改めて、食事の高さについて調べてみたところ、高さをもたせた食器も販売されていますし、家の子にぴったりの高さの台を自作されていたりと、気を遣っている方も多数いらっしゃり、自分がそこまで思い至っていなかったことに、改めて恥じ入る思いでした。
動物たちの健康を保つために、食事の質が重要なのは、これはもう言わずもがな、当然のことで、動物の病気の中にも、食事と深いかかわりを持つものは多数あります。医療用の療法食もたくさんの種類があり、普段の診察でも食事の内容にはかなり気を遣います。
それから、食事に関して普段の診察でも意識していることは、食器の材質でしょうか。材質によってアレルギーを起こす場合があるためです。
そして今回、とても重要だと認識させられたのが、食事をする「高さ」を含む、食事環境。器の形や重さなどもそうですし、食事をする場所も、猫によって好みがあるかもしれません。
今回は偶然違う器を使うことで猫の好みを知ることができました。猫は自分の好みを喋ってくれるわけではないので、色々の好みを知るためにも、ずっと決まった状況で食事を与えるのではなく、ちょこちょことレイアウトや器を変えてみるのもひとつのやり方だなあと感じています。
食事環境について考えるきっかけを作ってくれたうちの猫には感謝と、あとはこれまで十分な環境じゃなくてごめん…という気持ちを込めて、ご馳走(缶詰)を振舞おうと思います。いつもありがとう。
獣医師 緒方
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